寺町計算言語

計算の話や言語の話もするかも。多少は。※個人の見解であり、所属する組織の公式見解ではありません

有線通信工学講座


坂井利之先生が今月亡くなったという知らせがありました。私は一応。坂井先生からすると曾孫弟子ということになるはずです。それ自体は別に驚くことではありません。国内の情報系の主要研究者の何割が私と同様の立場にあるのかわからないほどです。お会いしたことはありません。私が小さい頃に退官されていましたし。略歴を見ると、研究的には何もかもが未分化で混沌としています。今後どれほど人工知能が流行ろうとも、ここまで分化して発展するとは想像しにくいです。

研究の中味だけでなく、組織のうえでも、坂井先生のひいた路線の延長にいることをときどき思い知らされます。話によると、坂井先生が情報工学科を作った際、何かの事情で長尾先生を電気系に残していったそうです。いま書かれたものを確認してもそのようです。特に衝撃を受けたのは、電気系の学部の会議で、確か4回生の配属に関する議題だったと思うのですが、松山研究室と黒橋研究室が「旧有線通信工学講座」というくくりで登場したことです。私が生まれるはるか前に作られた体制が、多少の変更はありつつもいまでも残っています。なかば呪いのようです。日本の情報学が歴史的に電気系から派生したことは否定しようもありませんが、大学内の情報系の組織では意識的に「工学」の文字を削ってきたということを断片的に何度か聞いてきました。それを電子系の組織内で行うのはとても難しいようです。

写真はJR藤森桃山駅間 (2017年8月26日撮影)。複線化の工事がはじまっていました。